ビールビールビール!【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」《番外編》 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

ビールビールビール!【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」《番外編》

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」《番外編》


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。【番外編】「ビールビールビール!」をご賞味あれ!✴︎連載全50回がついに書籍化で絶賛発売中です!


イラスト:おくやま ゆか

 

【番外編】ビールビールビール!

 

 人間というのは進化していくもので、昔のプロ野球のピッチャーは140㎞を超えれば速球派と言われていたが、今や普通に150㎞を超えてくる。フィギュアスケートでも3回転がすごいという時代から4回転へとレベルが上がった。 

 人間だけでなく自然のほうもレベルアップしていて、昔は30度を超えたら猛暑と言っていたのに、今や30度なんて涼しいほう。35度を超えてからが本番という感じである。それは進化じゃなくて温暖化だろうという説もあるが、とにかく暑さに遠慮がない。今年も猛暑が予想されているようで、個人的には寒いより暑いほうが全然いいが、さすがに体温レベルになってくると「調子乗ってんじゃねえぞ、気温!」とキレそうになる。

 しかし、猛暑にもメリットはある。

 ビールがうまいのだ。

 いや、暑かろうが寒かろうがビールは年中うまいが、猛暑の中で飲むビールは格別だ。缶でも瓶でもジョッキでも、冷えてさえいれば何でもいい。缶ならプシッとプルタブを開け、瓶なら栓を抜いてグラスに注ぎ、ジョッキなら取っ手を握り、ゴッゴッゴッと飲む。冷たさと苦みと炭酸の刺激が舌からのどへと通過していく感覚は、何物にも代えがたい。プハーッとひと息ついたあとに鼻に抜ける香りがまた至福。

 あの一杯のためなら、少々暑くても我慢できる。というか、むしろ昼間から飲みたい。ついランチビールを頼んでしまうのも、この季節の風物詩。ビールなんてアルコール分4~5%程度だから、グラス1杯ぐらいなら飲んでないも同然である。昔は水道水のことを「鉄管ビール」と呼んだりしたが、逆に言えば「ビールは水」だ。店から外に出て灼熱の太陽に照らされれば、あっというまに汗になって蒸発してしまう。暑さでぐったりしがちな体に活を入れる意味でも、昼ビールは(少なくとも私には)有効である。

 ……と、そんなふうに思ってしまうのは、おそらく父の影響だ。ウチの実家は1階が食堂で2階と3階が住居(と従業員更衣室と物置き)だった。小学生の頃、夏休みに2階の居間のテレビで高校野球など見ていると、父がバタバタと階段を上がってくる。ランチタイムの忙しい時間に何かと思えば、冷蔵庫からビール(小瓶)を取り出し、愛用のジョッキに注いでガーッと飲み干し、またすぐ階下へ降りていく。 

 いやいや、仕事中にビールって! と、眉をひそめる人もいるかもしれない。が、まるでF1マシンがピットストップで燃料補給するかのようにビールを摂取する父の姿は、ちょっとカッコよく見えたのだ。 

 昼間から飲んでいるからといって、別にアル中とかではまったくない。たまに新地(キタ新地のこと。地元では単に「新地」と呼ぶ)に飲みに行ったりはしていたが、家ではほぼビールのみ。酔っぱらってどうこうという、やらかしエピソードも記憶にない。そんなわけで、自分の中では昼ビールは悪ではなく善なのである。

 とはいえ、父も自分が飲んでいるからといって従業員が仕事中に飲んでたら怒るに違いない。それは店主の特権だ。近所の飲み屋の店主も、ちょいちょい仕事中に飲んでいる。それも、客に「大将も一杯やってよ」と言われて飲む、みたいなパターンではない。

 その店では、料理の注文に対して「それ、いま大将いないからできないのよー」という返事が返ってくることがある。営業中に席を外してどこに行ってるかというと、徒歩2~3分の焼き鳥屋だ。そっちもよく行く店なので、ゴキゲンで飲んでる大将に遭遇したことが何度かある。自分の店の営業中にヨソの店で飲むって、どんだけフリーダムなのか。それが許されちゃうのも大将の人徳なのだろう。

次のページ今でこそ罪悪感もなく昼ビールを飲む私だが・・・

KEYWORDS:

  

 

✴︎KKベストセラーズの7月新刊✴︎

新保信長 著『食堂生まれ、外食育ち

 

 

作家・平松洋子さん推薦!!

「気配をスッと消し、食の現場をニヤリと斬る。

選ばしし外食者の至芸がすごい。」

 

外食歴50年超の著者が綴る異色の外食エッセイ!
一口に「外食」と言っても、いろんなシチュエーションがある。子供の頃に親に連れていかれたデパートの大食堂。夜遅く仕事帰りに一人で入る牛丼屋。ここぞというデートや記念日に予約して行ったレストラン。気の置けない仲間と行く居酒屋。たまの贅沢のカウンターの寿司屋。出先でたまたま入った定食屋。近所のなじみの中華屋や焼き鳥屋……。
誰もが心当たりあるような懐かしくも愛しき「外食の時空間」への旅が始まる!

カバー&本文イラスト描いたイラストレーターおくやまゆかさん。

イラストが最高に愉快!(全50点収録)

 

目次

序 「今日のごはん何?」と聞いたことがない

 

第1章 ノスタルジア食堂

1品目|外国人と鴨南蛮と中華そば
2品目|ランチタイム地獄変
3品目|「天丼」と「うどん天」と「シマ」
4品目|出前とデリバリー今昔物語
5品目|おでん定食というギャンブル
6品目|ハンバーグ記念日
7品目|おいしい味噌汁の条件
8品目|最高のおやつ
9品目|校外学舎の悲しき夕食
10品目|わんこスイカ
11品目|ところ変われば品変わる
12品目|「恵方巻」と「丸かぶり」
13品目|ちくわぶとはんぺん
14品目|「肉じゃが=おふくろの味」って誰が決めた?
15品目|スマホがなかった時代
16品目|Gに気をつけろ!

 

第2章 私が通りすぎた店

17品目|あの素晴らしい寿司屋をもう一度
18品目|気まぐれすぎる女将
19品目|選択肢のない店
20品目|日本一大きいビアガーデン
21品目|カニ・マイ・ラブ
22品目|国会図書館でナポリタンを
23品目|夫婦の肖像
24品目|サハリンの夜
25品目|インドで大炎上
26品目|開幕前の至福の宴
27品目|私がスポーツジムに通う理由
28品目|かわいそうな寿司屋とその弟子
29品目|残業メシ格差
30品目|よそンちの食卓はつらいよ
31品目|大食いと早食い
32品目| BGMも味のうち?

 

第3章 外食の流儀

33品目|大盛りはうれしくない
34品目|取り皿問題
35品目|デザート嫌い
36品目|お熱いのはお好き?
37品目|器のTPO
38品目|あんまり尽くされても困る
39品目|スパゲティがパスタに変わった日
40品目|何をかけるか問題
41品目|どの席に座るか問題
42品目|酒飲み認定
43品目|11人きた!
44品目|硬と軟
45品目|人はだいたい同じものを注文する
46品目|トングどっち向きに置く?
47品目|箸と愛国
48品目|ステキなタイミング
おわりに 入れなかったあの店の話

オススメ記事

新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

食堂生まれ、外食育ち
食堂生まれ、外食育ち
  • 新保信長
  • 2024.07.05